時代は戦国時代かの武田信玄は初めて量目を記した甲州金を作り、
量目の単位は、両・分・朱・糸目で1両が約15gの金が使用されていました。
豊臣秀吉の場合、天正大判(165g、17cm)などの
金貨を作り、徳川家康に関しては金座、銀座を設け通貨の統一をも成し遂げました。
この貨幣制度が明治時代まで続き1871年(明治4年)に発行した新貨条例により1円・2円・5円・10円・20円の5種類の金貨が発行されました。
続いてプラチナのお話に入ります。
プラチナについてですが、まず20億年以上前、地球上に隕石が落ちてくる時代があり、その隕石の中にプラチナが含まれていたといわれています。 そして地球上のプラチナの7割が南アフリカで産出されるため、隕石はその付近に落下したものと想像できます。
時代は進んで19世紀初頭、ある化学者が偶然起きた爆発事故によって発見されたプラチナの特性が、どのような状況でも他の物質とも反応することなく
混合ガスの中で炎を出さずに光を発することで、物質と物質とを結ぶ触媒という働きを発見しました。
この働きにより工業用に使われるようになり、今現在約66%がその工業用に使用され、残りの
約34%が宝飾用に使用されています。
全世界のプラチナの約40%が日本での需要となり、世界最大のプラチナ王国のひとつとなりました。
20紀初頭プラチナをジュエリーとして世に送り出した第一人者が、今現在も一流ブランドのカルティエが代表されます。 プラチナの特性でもある展延性を用い、様々なデザインのアクセサリーを作り 出しその時代のセレブリティー達を魅了するアイテムになることは当然だった のかもしれません。
だから現在プラチナを使用するアクセサリーが価値あるもの、それは遠く昔の産物であり、なお希少価値の高い物だということは、これからも不変であり続けることだと思われます。



























